東京地方裁判所 平成7年(ワ)8293号 判決 1998年2月23日
第一・第二事件原告(第三事件被告)
斉藤隆治こと陳盛一
第三事件被告
斉藤鈴子こと孔鈴子
右両名訴訟代理人弁護士
村山廣二
第一事件被告
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右指定代理人
神作昌嗣
外三名
第二事件被告(第三事件原告)
東京都目黒区
右代表者目黒区長
河原勇
右指定代理人
内山忠明
外五名
主文
一 第一事件被告は、第一・第二事件原告(第三事件被告)に対し、別紙物件目録一の土地について、昭和四七年七月一一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
二 第二事件被告(第三事件原告)は、第一・第二事件原告(第三事件被告)に対し、別紙物件目録二の土地について、昭和四七年七月一一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 第二事件被告(第三事件原告)の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、全事件を通じて、これを三分し、その一を第一事件被告の負担とし、その余を第二事件被告(第三事件原告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(第一事件について)
一 請求の趣旨
1 第一事件被告(以下「被告国」という。)は、第一・第二事件原告(第三事件被告。以下「原告」という。)に対し、別紙物件目録一の土地(以下「一の土地」という。)について、昭和四七年七月一一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 訴訟費用は、被告国の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
(第二事件について)
一 請求の趣旨
1 第二事件被告(第三事件原告。以下「被告目黒区」という。)は、原告に対し、別紙物件目録二の土地(以下「二の土地」という。)について、昭和四七年七月一一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 訴訟費用は、被告目黒区の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
(第三事件について)
一 請求の趣旨
1 原告は、被告目黒区に対し、別紙物件目録四の建物部分を収去して、二の土地を明け渡せ。
2 第三事件被告孔鈴子(以下「被告鈴子」という。)は、被告目黒区に対し、別紙物件目録四の建物部分から退去して、二の土地を明け渡せ。
3 訴訟費用は、原告及び被告鈴子の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告目黒区の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、被告目黒区の負担とする。
第二 当事者の主張
(第一事件について)
一 請求原因
1 斉藤次郎こと陳荘洙は、昭和四七年七月一一日、一の土地を占有していた。
2(一) 陳荘洙は、昭和六〇年七月三〇日、死亡した。
(二) 原告は、陳荘洙の子である。
3 原告は、平成四年七月一一日、一の土地を占有していた。
4 原告は、被告国に対し、平成七年三月一七日到達の第一事件訴状をもって、時効を援用する旨の意思表示をした。
5 被告国は、一の土地につき、所有権移転登記を経由している。
6 よって、原告は、被告国に対し、一の土地の所有権に基づき、昭和四七年七月一一日の時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、同2(一)及び(二)、同3の各事実は、いずれも知らない。
2 同4の事実は、明らかに争わない。
3 同5の事実は、認める。
三 抗弁
1 所有の意思の不存在
(一)(1) 原告は、平成四年一一月二〇日、目黒区役所において、被告目黒区の職員から、原告が一及び二の土地上に違法建築を行っている件で事情聴取を受けた際、右職員に対し、「敷地については、ずっと大学の敷地であると思っていた。亡くなった父からもそう聞いていた。」と述べた。
(2) 原告は、同年一二月二四日、目黒区役所において、引き続き右違法建築の件で聴聞された際に、被告目黒区の職員に対し、本件係争地(一の土地を含む。)の払下げを受けたいので、早急に財務局に相談に行く旨の発言をした。
(3) 被告国が、平成六年九月八日付けで、一の土地を含む東京都目黒区緑が丘一丁目三〇七〇番一の土地から同所三〇七〇番九の土地を分筆するに際し、一の土地付近を測量したところ、原告は、何ら異議を述べず、また、被告国が、同年八月三一日付けで、右三〇七〇番一の土地と、同所三〇六八番二、同所三〇七〇番二及び同所三〇七〇番三の土地との境界確認が成立した際、原告は、やはり何ら異議を述べなかった。
(4) 陳荘洙及び原告は、一の土地の占有を開始してから現在に至るまで、二三年もの長期にわたり、同土地の所有権移転登記を経由しようとしなかった。
(5) 陳荘洙及び原告は、一の土地を占有している期間において、同土地につき公租公課を全く負担していない。
(二) 以上のとおり、原告は、真の所有者であれば通常とらない態度を示し、陳荘洙及び原告は、真の所有者であれば当然とるべき行動をとらなかったのであるから、陳荘洙及び原告の一の土地に対する占有は、所有の意思のない他主占有である。
2 時効利益の放棄又は時効援用権の喪失
(一) 原告の代理人久島和夫は、時効完成後である平成五年三月二日、大蔵省関東財務局において、被告国の職員に対し、原告本人のためにすることを示したうえで、原告が一の土地の払下げを受けたい旨の発言をした。
(二) 原告は、右発言の時点で、一の土地につき時効が完成していたことを知っていたのであるから、時効の利益を放棄したことになる。
(三) 原告が、右発言の時点で、一の土地につき時効が完成していたことを知らなかったとしても、右発言により、時効援用権を喪失したことになる。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)(1)の事実のうち、原告が、敷地についてはずっと大学の敷地であると思っていた等と述べたことは否認し、その余は認める。
(二) 同1(一)(2)ないし(5)の事実は、いずれも認め、(二)の主張は、争う。
一般の市井人が自己所有の建物において平穏に生活している場合に、底地の登記の所在を詮索することはしないものであるから、原告が長期にわたり一の土地の所有権移転登記名義を経由しようとしなかったとしても、それが他主占有を根拠付ける事実にはなり得ない。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同2(二)の事実のうち、原告が時効の完成を知っていたことは否認し、原告が時効の利益を放棄したことになるとの主張は争う。
(三) 同2(三)の主張は争う。
五 再抗弁
1 他主占有の評価障害事実
(一)(1) 原告は、抗弁1(一)(3)の土地の分筆のための測量及び土地の境界の確認について、何ら知らされておらず、そのような作業が行われたことを知らなかったため、そもそも、原告が異議を述べる機会がなかった。
(2) 右各作業は、被告国が原告に対し一の土地の払下げを行うための準備としてなされたものであるから、原告が異議を述べる筋合いのものではない。
(二) 原告は、一及び二の土地上に存在した建物(平成四年に新築される以前の建物及び別紙物件目録三の建物(以下「本件建物」という。)のいずれも含む。)につき公租公課を負担してきたところ、その負担分の中に、一及び二の土地の公租公課も含まれているものと思っていた。
2 時効利益の放棄及び時効援用権の喪失の評価障害事実
(一) 原告が、被告国の職員に対し、一の土地の払下げを希望したのは、被告国から、払下げにより円満に解決したらどうかとの指導を受け、これに従ったものにすぎない。
(二) 原告は、被告国が一の土地を払い下げてくれるものと思っていたが、被告国が、平成五年一〇月ころ、払下げを拒否したため、やむなく時効援用に至ったものである。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1(一)(1)及び(2)、(二)はいずれも否認する。
2 同2(一)の事実は否認する。(二)のうち、被告国が払下げを拒否したことは認め、その余は否認する。
(第二事件について)
一 請求原因
1 陳荘洙は、昭和四七年七月一一日、二の土地を占有していた。
2(一) 第一事件請求原因2(一)に同じ。
(二) 第一事件請求原因2(二)に同じ。
3 原告は、平成四年七月一一日、二の土地を占有していた。
4 原告は、被告目黒区に対し、平成七年六月五日到達の第二事件訴状をもって、時効を援用する旨の意思表示をした。
5 被告目黒区は、二の土地につき、所有権移転登記を経由している。
6 よって、原告は、被告目黒区に対し、二の土地の所有権に基づき、昭和四七年七月一一日の時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は、知らない。
2 同2(一)及び(二)の事実はいずれも認める。
3 同3の事実は、知らない。
4 同4の事実は、明らかに争わない。
5 同5の事実は、認ある。
三 抗弁
1 公共用財産を理由とする取得時効の不成立
(一) 二の土地は、明治六年三月二六日太政官布告一一四号(同布告一二〇号改正)「地所名称区別」に基づく官民有区分によって国有地とされた部分(以下「本件道路」という。)の一部である。
本件道路は、大正九年四月一日、旧道路法(大正八年四月一一日法律第五八号)が施行されたのに伴い、東京府荏原郡碑衾村道となった。
本件道路は、昭和二年四月一日、碑衾村の町制施行により、碑衾町道となったが、昭和七年一〇月一日、碑衾町が東京市に編入されたことにより、東京市道となり、昭和二七年一二月五日、現行道路法(昭和二七年法律第一八〇号)の施行に伴い、同法施行法(同年法律第一八一号)三条により東京都道となった。
さらに、本件道路は、昭和二八年四月一日、被告目黒区が東京都から都道の一括移管を受けて東京都目黒区告示第二八号をもって特別区道として路線の認定をし、供用を開始した結果、被告目黒区の特別区道となった。
(二) 以上によれば、二の土地は、東京都目黒区が管理する公共用財産(特別区道の敷地)であり、時効取得の対象とならない。
2 所有の意思の不存在
(一)(1) 原告は、平成四年一一月二〇日、被告目黒区建築環境部建築課の職員、被告目黒区土木部管理課の職員及び大蔵省関東財務局の国有財産管理官らから、原告が一及び二の土地並びにこれらの地上に建築中の建物(本件建物)について、事情聴取を受けた際、右国有財産管理官の質問に対し、「敷地については、ずっと大学の敷地であると思っていた。亡くなった父からもそう聞いていた。」と回答し、さらに、「土地については払い下げてもらうつもりはある。」と回答した。
(2) 原告は、平成四年一二月二四日、本件道路の管理者である被告目黒区から、二の土地の不法占拠について平成五年法律第八九号による改正前の道路法七一条三項に基づく聴聞を受けた際、次のとおり述べた。
ア 原告は、聴聞者の「本件土地についての土地登記簿はありますか。ない場合、その理由を述べてください。」との質問に対し、「土地を所有していないので登記簿はありません。」と述べた。
イ 原告は、聴聞者の「現在、建築中の建物は、道路敷地を含めて建てていることを知っていますか。また、建物のそれぞれの土地所有者は誰だと認識していますか。」との質問に対し、「道路敷地と国有地であることを知っている。」と述べた。
ウ 原告は、聴聞者の「建築中の建物及び土地について、今後どのような解決策を考えておられるかお聞かせください。」との質問に対し、「このまま住み続けたいので、いい方法を指導してほしい。その中で払下げが必要であれば、その申請をします。」と述べた。
エ 原告は、聴聞者の「平成四年一一月二〇日に事情を伺った際の確認ですが、道路敷地をできれば払下げしてもらいたいとの発言がありましたが、現在のその意思に変わりはありませんか。」との質問に対し、「国有地部分も含めて払下げしてほしい。今もその気持ちは変わらない。」と述べた。
(3) 原告の代理人久島和夫は、平成五年四月二日付けで、被告目黒区長に対し、二の土地が道路法上の道路であることを前提として、原告のためにすることを示して、本件道路中の二の土地の部分の公共財産の用途廃止要望書を提出した。
(4) 陳荘洙及び原告は、二の土地につき、原告主張の陳荘洙による占有開始時点以後、昭和六〇年の相続を経て、平成七年に至るまで、所有権移転登記名義を経由しようとしなかった。
(5) 陳荘洙及び原告は、二の土地につき、公租公課を全く負担していない。
(二) 以上のとおり、原告は、真の所有者であれば通常とらない態度を示し、陳荘洙及び原告は、真の所有者であれば当然とるべき行動をとらなかったのであるから、陳荘洙及び原告の二の土地に対する占有は、所有の意思のない他主占有である。
3 時効援用権の喪失
(一) 抗弁2(一)(1)、(2)アないしエ、(3)のとおり。
(二) 原告は、右(一)の各事実により、時効援用権を喪失した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)の事実はいずれも認め、(二)の主張は争う。
2(一) 抗弁2(一)(1)の事実のうち、原告が「敷地については、ずっと大学の敷地であると思っていた。」等と述べたことは、否認し、その余は認める。
(二) 同2(2)アないしエ及び(3)の各事実は、明らかに争わない。
(三) 同2(4)及び(5)の各事実はいずれも認める。
3(一) 同3(一)の事実の認否は、右2(一)及び(二)のとおり。
(二) 同3(二)の主張は争う。
五 再抗弁
1 黙示の公用廃止
(一)(1) 長年にわたり事実上公の目的に供されることなく放置されたこと
二の土地は、昭和七年ころ、その地上に建物が建築され、昭和三二年には、陳荘洙によって新たな建物が建築されたのであって、昭和七年以降、被告目黒区による特別区道としての現実の維持、管理、保全等がなされないまま、現在まで放置されている。
(2) 公共用財産(道路敷)としての形態、機能を喪失していたこと
ア 本件道路の西側半分には、陳荘洙所有の右建物が遅くとも昭和三二年ころから敷地のほぼいっぱいに建っており、かつ、本件道路の東側半分には、敷地いっぱいに、他の建物(いわゆる呉原荘アパート)が建っている。
本件道路東側に位置する東京工業大学は、昭和七年に大学構内の町村道が廃止されたのに伴い、本件道路東端の東京工業大学の敷地に接した所を、コンクリート製擁壁で閉鎖している。
イ 被告目黒区が、二の土地が道路部分の一部であることに気付いたのは、二の土地上に新築された本件建物が違法建築ではないかとの問題が持ち上がった平成四年一〇月ころであり、被告目黒区は、それまで、二の土地が特別区道の一部であることに気付かなかった。
(3) 実際上公の目的が害されることはなかったこと
二の土地は、昭和七年ころから行き止まりの袋小路となっており、以後、道路として使用されていないところ、原告宅の東隣りにある呉原荘アパートに到達するには、一の土地の南側を回って呉原荘アパートの西側から入るか、一の土地の東南側にある東急大井町線のガード下通路を利用して呉原荘アパートの東側から入るかの二通りの方法があり、本件道路を必要としてはいない。
原告宅の北側にある須田家等三戸に到達するには、二の土地の西側にある公道から開設されている専用私道を通行すればよく、本件道路を必要としてはいない。
(4) その物を公共用財産として維持すべき理由がなくなったこと
ア 東京工業大学敷地は、昭和四七年七月に東京都により避難場所としての指定を受けており、その指定に定める避難割当町丁は、目黒区のうち、緑が丘三丁目、大岡山一丁目及び同二丁目であるが、緑が丘三丁目は同大学の南西に位置し、他方、本件道路は緑が丘三丁目の北側に位置するので、本件道路は、緑が丘三丁目から同大学への避難路としては、ほとんど関係がない(その他は同大学の北側に位置するので、本件道路とは全く関係がない。)。
イ 前記のとおり、昭和七年に東京工業大学構内部分における町村道が廃止されたが、その後、本件道路に接する大学敷地が掘り下げられ、本件道路との間に、高さ約四メートルの鉄筋コンクリート製の堅固な擁壁が作られたため、現在、本件道路を避難路として使用することは不可能である。
ウ また、本件道路に隣接する同大学敷地には、同大学の学生自動車部の工場及び部室二棟が擁壁に密着して建てられており、本件道路を開通させても同大学敷地に入ることは不可能である。
(二) 以上によれば、二の土地は、昭和七年以降現在に至るまで、特別区道として公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失しているから、黙示的に公用が廃止されたものと言うべきである。
2 他主占有の評価障害事実
第一事件再抗弁1(二)に同じ。
3 時効利益の放棄及び時効援用権の喪失の評価障害事実
(一) 原告が、被告目黒区の職員に対し、二の土地の払下げを希望したのは、被告目黒区から、払下げにより円満に解決したらどうかとの指導を受け、これに従ったものにすぎない。
(二) 原告は、被告目黒区が二の土地を払い下げてくれるものと思っていたが、被告目黒区が、平成五年一〇月ころ、払下げを拒否したため、やむなく時効援用に至ったものである。
六 再抗弁に対する認否
1(一)(1) 再抗弁1(一)(1)のうち、二の土地が昭和七年以降被告目黒区による特別区道としての現実の維持等をされていないことは否認し、その余は知らない。
(2) (2)アの事実は認め、イの事実は否認する。
(3) (3)のうち、二の土地が昭和七年ころから行き止まりの袋小路となっていることは否認し、呉原荘アパート及び須田家等三戸に到達するのに本件道路を必要としてはいないとの主張は争い、その余の事実は認める。
(4) (4)のアのうち、本件道路が避難路としてほとんど関係がないとの主張は争い、その余の事実は認める。
イのうち、昭和七年に同大学構内部分における町村道が廃止となったことは認め、その余は否認する。
ウのうち、本件道路に隣接する同大学敷地に同大学の学生自動車部の工場が建てられていることは認めるが、その余は否認する。
(二) 同1(二)の主張は争う。
2 同2の事実は否認する。
3 同3(一)の事実は否認する。(二)のうち、被告目黒区が払下げを拒否したことは認め、その余は否認する。
(第三事件について)
一 請求原因
1 被告目黒区は、もと、二の土地を所有していた。
2 原告は、二の土地上に本件建物のうち別紙物件目録四の部分を所有し、もって二の土地を占有している。
3 被告鈴子は、本件建物に居住し、もって二の土地を占有している。
4 よって、被告目黒区は、二の土地の所有権に基づき、原告に対しては本件建物のうち別紙物件目録四の部分を収去して同土地の明渡しを求め、被告鈴子に対しては本件建物のうち別紙物件目録四の部分から退去して二の土地の明渡しを求める。
二 請求原因に対する答弁
全部認める。
三 抗弁、抗弁に対する認否、再抗弁、再抗弁に対する認否、再々抗弁、再々抗弁に対する認否
第二事件請求原因、請求原因に対する認否、抗弁、抗弁に対する認否、再抗弁、再抗弁に対する認否に同じ。
第三 証拠
証拠は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
(第一事件について)
一 請求原因について
1 請求原因1、同2(一)及び(二)、同3の各事実については、成立に争いのない丙第三五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨から、これらを認めることができる。
2 被告国は、同4の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
3 同5の事実は、当事者間に争いがない。
二 抗弁1及び再抗弁1(他主占有の成否)について
1(一) 抗弁1(一)(1)の事実は、原告が一の土地について、所有権を有しないことを知っていたことをうかがわせる事実ではあるものの、さらに進んで、原告が一の土地について所有する意思を有しないことを裏付ける事実とは言い難い。
すなわち、一般論として、盗人は講学上の悪意占有者でありながら自主占有者でもあるように、占有においては、本権がないことにつき悪意であることと、所有の意思を有することとは、明確に区別されるものであって、原告がたとえ一の土地について所有権を有しないことを知っていた旨明言したとしても、そのことをもって、原告に一の土地について所有の意思がないものと言うことはできないのであるから、被告国の抗弁1(一)(1)の事実の主張は、それ自体失当と言わざるを得ない。
(二) 同1(一)(2)の事実は、一の土地について所有権を有しないことを知っている原告が、これから正当な手続を経て所有権を取得しようとする意思を有していることをうかがわせるものではあるが、それ以前の占有継続中において、一の土地について所有の意思を有していなかったことを裏付ける事実とは言い難く、これもまた、主張自体失当と言わざるを得ない。
(三) 同1(一)(3)の事実の根底には、土地の占有者は、当該土地について所有の意思を有しているのであれば、同土地について分筆手続又は境界確定手続が行われる際には、自己の権利を守るべく、同土地について不当な侵害となるような分筆手続又は境界確定手続が行われることのないように、自己の意見を申し述べるはずであるとの認識があると思われるところ、成立に争いのない甲第三号証(朱書書込部分を除く。)、第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証の朱書書込部分、原告及び被告目黒区間においては成立に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一ないし三、第七号証の一及び二から認められる各土地の位置関係によれば、東京都目黒区緑が丘一丁目三〇七〇番一の土地から同所三〇七〇番九の土地を分筆したとしても、原告が本訴において時効取得を主張している一の土地は、右三〇七〇番九の土地の一部分をなすにとどまる以上(甲第七号証の二がこの事実を端的に示している。)、原告が右分筆手続に異議を述べる必要性がなく、また、一の土地は右境界確定で問題となっている同所三〇六八番二、同所三〇七〇番二、同所三〇七〇番三の各土地に接していないのであるから(これらの土地に接しているのは同三〇七〇番九の土地であり、一の土地は同所三〇七〇番九の一部をなすにとどまっていることによる。)、原告が右境界確定手続に異議を述べる必要性もないと言うべきであり、この事実自体が、原告の他主占有を裏付けるものとは認められない。
2 同1(一)(4)及び(5)の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。
3(一) 再抗弁1(一)の事実については、これを裏付ける証拠がない。
(二) 同1(二)の事実について検討するに、甲第九号証の記載内容がこれに沿うものとなっており、また、原告本人尋問の結果によれば、原告は固定資産税の支払手続について実母に一任しており、その金額等について関心を有せず、事情を把握していなかったことが認められることに加え、その他、再抗弁1(二)の事実の存在を揺るがすような証拠が見当たらないことを併せ考慮すれば、右事実を認定することができる。
4(一)(1) そこで、まず、抗弁1(一)(4)の事実により、原告が他主占有者と認定できるかどうかを検討する必要がある。
(2) 一般論として、不動産占有者が所有の意思を有している場合には、自己の所有権を保全するため、積極的に所有権移転登記手続を経由しようとするものであることは疑いない。しかしながら、他方、相続によって不動産を取得した者がこれを長年にわたり放置し、二次、三次等の相続を経た後に至って、所有権者が登記名義人の相続人全員を相手方として遺産分割調停を申し立て、所有権移転登記手続を求める事例が見受けられるように、登記名義について関心が薄い権利者が少なからず存することもまた否定できない。
(3) 本件の場合、成立に争いのない甲第五号証、第一二号証、丙第三五号証によれば、陳荘洙は一の土地上に存する建物(本件建物を新築する以前に存在した建物)について所有権移転登記を経由しており、地上建物については権利保全のための行動をとっていると認められるところ、何故陳荘洙が一の土地についての登記手続を経由しなかったかは必ずしも明らかではないが、陳荘洙が右地上建物についてのみ所有の意思を有し、これについてのみあえて登記手続をしたものとは考えにくく、底地である一の土地についても当然所有の意思を有していた可能性が高い。
(4) また、原告が一の土地につき占有を取得したのは、昭和六〇年七月三〇日の相続開始(陳荘洙の死亡)に基づくものであると認められる上に(請求原因1、同2(一)及び(二)参照。)、甲第九号証及び原告本人尋問の結果から、原告は出生時から現在まで、一の土地上の建物(平成四年における改築前の建物と、改築後の本件建物の双方)に居住していると認められること、原告は平成四年八月ころから一の土地上の建物の改築を行っており、その後、右改築建物(本件建物)の違法建築の問題及び一の土地の不法占拠の問題が持ち上がってからは、自らこれに対処しており、結局のところ、地上建物について所有権者として終始行動していることに照らせば、陳荘洙同様、原告もその底地である一の土地についても当然所有の意思を有していた可能性が高い。
(5) 以上によれば、陳荘洙及び原告が一の土地の所有権移転登記を経由しようとしなかったことをもって、両名の占有が他主占有であると認めることはできない。
(二) 次に、抗弁1(5)及び再抗弁1(二)の各事実を併せ考慮すれば、原告が公租公課を負担していないことを根拠に原告が他主占有者であると認定できるかについては、これを否定するのが相当である。
三 抗弁2及び再抗弁2(時効取得の成否)について
1(一) 抗弁2(一)の事実は、当事者間に争いがない。
(二) 同2(二)のうち、原告が一の土地の払下げを受けたいとの発言をした時点で、一の土地につき時効が完成していたことを知っていたとの事実については、原告がその本人尋問においてこれを否定していること、原告本人の右供述には不自然な点が見受けられないこと、その余の証拠を考慮しても原告が時効完成を知っていたことを裏付けるだけの事情は見当たらないことから、右事実を認定することはできない。
(三)(1) 再抗弁2(一)の事実について検討するに、甲第九号証には、平成四年一一月二〇日ころ、被告目黒区の職員である佐藤から、一及び二の土地は被告国及び被告目黒区の所有地であり、原告が払下げを受ければ原告の所有になると聞かされた旨の記載があり、原告もその本人尋問において、平成四年一一月二〇日の事情聴取の際に、被告目黒区の建築課の職員である佐藤から、一及び二の土地の払下げを受けたらどうかというのに近いニュアンスの話を聞かされた旨供述しているところ、被告目黒区の職員が、積極的とは言わないまでも、原告が一及び二の土地の所有権を取得するために、払下げを受けるという方法があることをほのめかすことは、十分可能性として考えられること、その他の証拠からは、右事実に疑問を生じさせるような事情がうかがわれないことからすれば、被告目黒区の職員が、払下げについて言及し、原告がこれに従ったとの事実を認めることができる。
また、成立に争いのない乙第五号証、丙第二六号証によれば、平成四年一一月二〇日に原告が事情聴取を受けた際、大蔵省関東財務局管財第一部直轄財産第五課の職員渡邉照彦が同席していた事実が認められる。
以上によれば、原告に対し払下げの話をしたのは、被告目黒区の職員であって被告国の職員ではないことになるが、右事情聴取においては被告目黒区所有地である二の土地のみならず、被告国の所有地である一の土地についての事情も聴取の対象となっていた上、被告国の職員である渡邉が、被告目黒区の職員佐藤による払下げの話があった時点で、被告国の対処の方針は被告目黒区のそれとは別である旨の発言等を行ったような事情などを証拠上うかがうことができず、したがって、被告目黒区の職員佐藤の発言については、被告国の意向も同趣旨のものとして原告に伝わっていたと考えられるのであるから、再抗弁2(一)の事実は、これを認めることができる。
(2) 同2(二)のうち、被告国が払下げを拒否したことは、当事者間に争いがない。
同2(二)のその余の点について検討するに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、これを認めることができる。
2(一) 以上の認定事実により、原告が時効援用権を喪失するかどうかについて判断する。
(二) 一般論として、時効の完成を知らない援用権者が、相手方に対し、今後時効を援用しないことを前提とする行動をとった場合には、相手方としては、通常これを信頼するものであるから、援用権者がその後に至って時効を援用することは、原則として許されないと言うべきである。しかしながら、逆に、援用権者が仮に時効を援用しないことを前提とする行動をとったからといって、以後の援用が完全に許されなくなるというのもまた、援用権者の利益を損なうものであって、かような見解は、採用の限りでない。
そこで、いかなる事情が存すれば、援用権者がその喪失を免れ得るかが問題となるが、結局のところ、時効を援用することが、援用権者がもはや時効を援用することはないであろうとの相手方の信頼を損ねると言えるかどうかが結論を左右すると考えられるので、右信頼を損なうとは言い難い特段の事情があれば、援用は許されると解すべきである。
(三) 本件の場合、前記認定のとおり、原告が取得時効を援用するに至ったのは、原告としては一の土地が被告国の所有であることを知り、払下げという円満かつ適正な手続を経ることによって所有権を取得しようと考え、払下げに向けた行動を取り始めたものの、被告国が払下げを拒否したことから、所有権を取得するためには時効を援用する以外にないと判断したことによる。したがって、原告が時効の援用に踏み切ったのは、被告国の払下げ拒否が原因となっているのであって(もっとも、被告国が払下げを拒否したこと自体が問題であるということではない。)、原告が前言を翻したと評価できるものではないのであるから、原告の時効援用は、何ら信義則に反するものとは言えない。
(四) 以上によれば、原告が一の土地についての取得時効の援用権を喪失しているとは認められない。
(第二事件について)
一 請求原因について
1 請求原因1の事実については、丙第三五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨から、これを認めることができる。
2 同2(一)及び(二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
3 同3の事実については、丙第三五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨から、これを認めることができる。
4 被告目黒区は、同4の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
5 同5の事実は、当事者間に争いがない。
二 抗弁1及び再抗弁1(公物性の有無)について
1 抗弁1(一)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2(一)(1) 再抗弁1(一)(1)の事実について判断するに、丙第三五号証によれば、二の土地上には昭和七年ころ建物が建築され、昭和三二年には陳荘洙によって新たな建物が建築されたことが認められ、また、丙第三五号証に加えて、甲第五号証、第九号証、第一二号証及び原告本人尋問の結果を併せ考慮すれば、二の土地を現実に管理してきた者は、昭和七年以降は当時建築された建物の居住者、昭和三二年以降は陳荘洙、同人死亡後は原告であったことが認められ、結局、被告目黒区による二の土地の管理等は、昭和七年ころ以降なされていないものと認め得る。
(2) 同1(一)(2)アの事実は、当事者間に争いがない。
イの事実については、本件全証拠を総合しても、これを認めるに足りない。
(3) 同1(一)(3)のうち、二の土地が昭和七年ころから行き止まりの袋小路となっていることについては、検証の結果からこれを認めることができる。
呉原荘アパート及び原告宅北側の須田家等三戸に通じる道路の位置関係については、当事者間に争いがない。
右各建物が本件道路を必要としてはいないとの主張については、建物にとっては、通行道路が可能な限り多い方がよいことは確かであるため、本件道路が全く必要なくなったと断じること自体は難しいが、他に代替通路が確保されている以上、必要不可欠とまでは言えないことは明らかであり、本件道路を必要としてはいないものと考えて差し支えないと言える。
(4) 同1(一)(4)アのうち、事実関係は当事者間に争いがなく、本件道路と避難場所である東京工業大学及び避難割当町丁との位置関係に照らせば、本件道路が緑が丘三丁目から同大学への避難路としてほとんど関係がない旨の主張は、正当と判断される。
イのうち、昭和七年に東京工業大学構内部分における町村道が廃止されたことは、当事者間に争いがなく、その余については、検証の結果から、大学敷地掘り下げの事実及び擁壁が存する事実を認めることができる上、その擁壁の形状に照らせば、現在の状態を前提とすれば、本件道路を避難路として使用することは不可能と判断される。
ウのうち、東京工業大学の学生自動車部の工場の存在については、当事者間に争いがなく、検証の結果から、現状からは、本件道路を開通させても同大学敷地に入ることは不可能と判断される。
(二)(1) そこで、右認定事実により、二の土地は黙示的に公用が廃止されたと言えるかどうかについて検討する。
(2) 公共用財産につき、黙示的に公用が廃止されたと言えるためには、次の要件を満たす必要があると言うべきである(原告の主張もこれを考慮してなされている。)。
ア 右財産が、長年にわたり事実上公の目的に供されることなく放置されたこと
イ 右財産が、公共用財産としての形態、機能を喪失していること
ウ 右財産を他人が占有し続けたにもかかわらず、実際上公の目的が害されることがなかったこと
エ もはや右財産を公共用財産として維持すべき理由がなくなったこと
(3) 右アの要件については、再抗弁1(一)(1)の事実をもって、これが満たされたと考えられる。
右イの要件については、同1(一)(2)アの事実をもって、これが満たされたと考えられる。すなわち、本件道路上に建物が存在し、その東端がコンクリート壁で閉鎖されている以上は、本件道路は道路としての形態をもはや有してはおらず、また、道路としての機能も失われていると言える。
右ウの要件については、同1(一)(3)の事実及び付近の建物が本件道路を必要としていない現状からして、これが満たされたと考えられる。
右エの要件については、同1(一)(4)アないしウの各事実及び現状からして、これが満たされたと考えられる。
(4) 被告目黒区は、二の土地を含め、本件道路を避難場所としての東京工業大学への避難路として確保しておく必要性について主張し、成立に争いのない丙第二六、第二七号証、第三〇、第三一号証、証人小笠原恵之助の証言からもこれが裏付けられる。
確かに、避難路の確保は、周辺住民にとって重要な問題であり、避難路はどれほど多数かつ幅広く確保しても、確保しすぎることはないと言っても過言ではないが、この点をあまりに強調すれば、避難路として指定されている道路については公用が廃止されることがあり得なくなる(その結果、時効取得の可能性も完全に否定される。)との結論につながり、長年にわたる占有状態を保護しようとする取得時効制度を損ないかねない。
二の土地は、避難路としての指定を受けているという特性からして、これが公共用財産として認められるには、緊急時において、直ちに公の目的(住民が避難場所に移動するための通路として利用すること)を果たし得る状況を日常から維持していることを要すると言うべきところ、本件道路の東端における東京工業大学の敷地に接した所がコンクリート製擁壁で閉鎖されていること(再抗弁1(一)(2)ア)、右コンクリート製擁壁の高さは約四メートルあり、本件道路から東京工業大学の敷地に至るには、右の約四メートルの段差を乗り越える必要があること(同1(一)(4)イ)、本件道路に隣接する同大学敷地に、同大学の学生自動車部の工場等が右擁壁に密着して建てられていること(同1(一)(4)ウ)といった、避難を物理的に著しく困難にする事情が認められることに照らせば、二の土地を含め、本件道路は、避難路としての指定を維持するだけの必要性も、その形態ないし機能も、もはや失われていると言わざるを得ない。
なお、この点に関連して、丙第二七号証には、本件道路の敷地内に段差が生じていても、その整備が可能であり、また、東京工業大学の壁については本件道路を整備する際に取り壊すことについて同大学の了解が得られている旨記載されているが、本件道路について整備作業が必要であるといった状況そのものが、本件道路の公共用財産としての形態ないし機能、必要性が失われていることを示していると言うべきである。
(5) 以上より、二の土地については黙示的に公用が廃止されたと認めることができる。
三 抗弁2及び再抗弁2(他主占有の成否)について
この点については、第一事件の抗弁1及び再抗弁1について判断したのと同様、第二事件抗弁2(一)(1)、(2)アないしエ及び(3)の各事実は、いずれも原告の悪意占有を裏付けるか、原告が今後正当な手続を経て所有権を取得しようとする意思を有していることを裏付けるにとどまり、原告の他主占有を裏付ける事実にはなり得ない上、同2(一)(4)及び(5)並びに第二事件再抗弁2を総合考慮すれば、原告が他主占有者であると認めることはできない。
四 抗弁3及び再抗弁3(時効取得の成否)について
この点については、第一事件の抗弁2及び再抗弁2について判断したのと同様、原告が二の土地の所有者である被告目黒区による払下げを期待したところ、被告目黒区が払下げを拒否したため、原告は、時効を援用せざるを得なくなったものと言うことができ、したがって、原告が二の土地についての取得時効援用権を喪失するものとは認められない。
(第三事件について)
一 請求原因について
請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二 抗弁、再抗弁、再々抗弁について
これらの事実については、第二事件において判断したとおりであり、被告目黒区は、原告が二の土地を時効取得したことにより、その所有権を喪失したものと言える。
(結論)
以上によれば、第一・第二事件における原告の請求はいずれも理由があるからこれらを認容し、第三事件における被告目黒区の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法(明治二三年四月二一日法律第二九号)八九条、九三条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官柴﨑哲夫)
別紙物件目録<省略>
別紙図面一〜三<省略>